音楽の「ラウドネス」について考えてみた。すなわち聴く人の体験を考えること。

作曲家のナカシマです。久々のブログ更新は、楽器や音楽というよりもっと技術的な話。音を聞いてくれる皆さんにどう届けられるかという事です。本来的には純粋に聞いてくださるリスナーの方には関係のないことなのですが、作り手には大きな問題だし、実際リスナーの方への体験の差が変わってくる可能性があるので、専門家でないなりに調べてから、音楽において音量ってどうしたらいいのかと言う事について考えてみました。興味がある方はぜひ読み進めてみてください。

ラウドネスと聞くと、「あー、あのロックバンドの?」と思われるかも知れませんが、(今回の話題においては)おしなべて言えば音量の単位を表す技術用語です。ただ、単純に音量というとただの1次元的レベルメーターなどをイメージするかも知れませんが、ラウドネスは単純なエネルギーとして音量だけでなく、人間の聴覚が周波数によって感じる音の大きさ(心理的感覚量と言うそうです。詳しい解説はROCK ON PROさんの記事をご覧下さい)も加味しているので、人が感じる音量を今までより正確に数値化できるもののようです。

テレビなどの放送分野では、送出のための音量に関して、古くはアナログ放送の時代から基準が各放送局の業界団体などによって決められており、その基準にあてはまった音源で納品しないと局から突き返されるという恐ろしい事態が発生したりします(AMラジオ番組の制作をしたことがあるので経験済み!)。そのくらい厳しいんですね。なんで厳しいか。それは放送という不特定多数の人が不特定多数の環境で視聴するわけですから、あんまり音量が違いすぎると困るわけです。毎回リモコンで音量上げ下げしないといけないですから。 しかも各番組音量を決めるエンジニアさんは別々なので、勘とか好みでという訳には行きません。全番組の音量をほぼ同じにして、視聴者の皆さんにストレス無く、そしてなによりチャンネルを変えられないように、全部そろえなきゃいけないのです。

そこで以前は±0VUを超えないようにし、今はラウドネス値の基準に準拠した音量で納品するようになったという訳です。VUであろうがラウドネス値であろうが、あくまでテレビをつけっぱなしでずっと視聴していた時に、視聴者に音量を変更させるようなストレスを与えないための基準が必要だったという意味では基準を定める理由としては同じです。

ここまではTVという「複数の番組を連続して聞く」という事についてのお話でした。

さて、ようやく音楽の話に戻れます。

音楽の場合、音量は今までどうだったか。

この画像は、2008年に出た超有名アーティストのCDの中に入っていた誰もが聞いたことがあるであろう大ヒット曲を波形で表示したものです。このグレーの部分が全部音です。音楽を作ったり録音したりする人はよく分かると思いますが、これだけ音が詰まっている状態だと聴感上ものすごく大きな音に聞こえます。

この際、音量が大きいことによる音質に関しては問題にしない事にします。多くの諸先輩方が議論してきたことですし、制作サイドのジレンマの部分が関わってきてややこしい部分です。

ここで問題にしたいのは、音量の差です。この画像をご覧ください。

この画像は1983年(僕まだ2歳でした)に出た超有名バンドの超有名楽曲の波形です。分かる人には分かるでしょうが、もはや奥ゆかしいと感じるくらいの美しい波形(主観)。

もし先述の2008年の曲を、うるさくない程度の音量で聞いてからこの曲を聞いたら、「ん?」と気になるくらい音量が小さく感じると思います。もし聞く順番が逆なら音が大きすぎてビックリしちゃうでしょうね。慌てて音量を下げることになるでしょう。

前提条件として付記すると、上記2つの曲はそれぞれアルバムの中の最初の1曲です。ですので、次に続く曲も音量的に大きくかけ離れるようなものではないわけです。

ここで何が言いたいかというと、これだけ音量の違う製品としての音源を、シャッフル再生で連続して聞くのが当たり前の時代になったという事です。

世界中にはたくさんのジャンルの音楽があります。クラシックの録音など、音量の変化が大きく全体の音量が小さい音源などの後に、先ほどの2008年の音源を聞いたらあまりの音量の大きさに飛び上がる程ビックリするでしょう。昨今、アルバムではなく1曲単位で買われる事が多いインターネット配信時代。音量の違う曲を連続して聞く事はもはや日常です。このストレスに皆さんは知らず知らずのうちにさらされていると言う事なのです。

例えば想像してみてください、人とヒソヒソ・・・とても口には出せないような噂話を小声でしていたとして、隣で突然血気盛んな犬が全力で吠え始めたらめちゃくちゃビックリしますよね。人によっては手に汗をかいたり、心臓がドキドキすると思います。それと全く同じではないにせよ、予測していなかった急激な音量の変化には、手に汗をかくほど人はストレスや危険を感じるという事なのです。

これは作り手にとっても大きな問題です。こだわり抜いて音楽を作ったのに、他の曲との音量差でリスナーにストレスを与えてしまう。そしてその音量の明確な業界的基準は、音楽制作においては、あ・り・ま・せ・ん!!! どんな音量でCDや配信音源に収録しようが自由だし、誰にも怒られません。

ここで、冒頭放送分野のお話で出てきた「ラウドネス」が登場です。海外ではすでにサービスが開始されているiTunes RadioやSpotifyなどのストリーミング配信サービスでは、放送でも使われているラウドネスの概念を採用して、音源からラウドネス値を自動計測、その値をすべて揃えて音を皆さんにお届けするようになりました。つまり聞いている人は音量差を「はじめから気にしなくてよい」という事になります。

思い出して下さい。「ラウドネス」は人間の聴覚が周波数によって感じる音の大きさを加味した「心理的感覚量」です。つまりラウドネス値をすべて揃えると言うことは、急激な音量変化は緩和されストレス無く音楽を聞いてもらえるという事です。すばらしい!

もし日常的に聞いている音楽プレイヤーがiPhoneなら、こうした音量の自動調整を設定を変更することによって体験することが出来ます。

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矢印にある音量の自動調整をオンにするだけです(※この機能がラウドネス値を基準に自動調整しているかどうかは未確認)。PC&MacのiTunesにも同様の機能があります。実際この機能を使って音楽を聞くと、クラシックからゴリゴリのダブステップ、ポップスまで、それほど音量差を感じること無く聞き続ける事が出来ます。まあ! なんてすばらしいことでしょうか!!

しかし、作り手には次なる問題が出てきます。いままで迫力を出そうと音量を大きくすることに腐心してきたというのに、より大きな音量の音源は大きくした分音量が下げられてしまうので、今までやってきたことはなんだったのかということになってしまいます。そして音質的にも音量を上げることで多かれ少なかれ犠牲にしてきた部分があり、この自動調整機能を使う限り、犠牲にした音質に対するメリットは無くなります。

もっと問題なのは、こうした自動調整機能は、現状すべての音楽再生機に付いているものではないという事です。もしiTunes RadioやSpotifyの定めるラウドネス値に合わせて音源を作ってしまうと、今度は自動調整の無いプレーヤーで再生した場合はすごく小さな音量になってしまう、という事になります。

ここまでこれほど長文で書いてきましたが、結局答えは誰にも出せない状態にあります。放送のような、問答無用で全部一律の基準に合わせて制作するという事が、音楽の場合再生環境がバラバラなせいでどうしようも出来ないのがその大きな理由です。

ただ、ここで考えるべき一番の問題は、知らず知らずにうちにリスナーの方にストレスを与える事です。そして音楽は放送と違って、放送法や自主規制に縛られない自由な表現であるべきだと僕は思っています。

以上を総合して、僕なりに私見を述べさせていただくなら、「音楽を収録した録音物」を聞く人にストレス無く聞いてもらいつつ、自由に音量を決めて製品にし、リスナーの方には意識しないところで自動調整がプレイヤー側でデフォルトになっている環境になるのが一番なんじゃないかなと僕は思っています。当然そのためにはプレイヤーの仕様が一つにまとまる必要がありますが、音楽の作り手がみんなせいので音量を揃えられないのと同じで、各社ライバル同士足並みが揃うことは難しいんだろうなと想像します。それでも、自動調整がかかっていると聞いている方は快適なのです。音質が良いものはよく聞こえ、音質が悪いものは悪く聞こえる・・・いかに今まで音量に誤魔化されてきたんだろうと思うと少し悲しくなります(感じ方には個人差があると思いますが)。

クラシックの録音をゴリゴリのダブステップと同じレベルにするのはナンセンスですし、ダブステップ曲をクラシックの音量に合わせて音量を下げるのもこれまたナンセンス。ひとえにリスナーの人に快適に音楽を聞いてもらい音楽をもっと好きになってもらうことを再優先に(そして作り手やメーカーが仕事として作品や製品を作り続けられるためにも)、誰かが「ラウドネス」を意識する必要がある・・・僕は今そう思っています。

感じ方・考え方は人それぞれ。何か感じたらコメント欄やTwitterなどで皆さんのご意見を聞いてみたいです。

読んでいただきありがとうございました!


・・・宣伝で恐縮ですが、最近シングルを配信でリリースしました。ラウドネスとも大きく関係するダイナミックレンジとハイレゾについてどうあるべきか考えつつ作曲・ミックスした力作です。iTunesAmazon MP3での配信音源は少しレベルを突っ込んで他のポップスと大きな音量の隔たりが無いように調整しましたが、24bit配信が可能なBandcamp版(下記ウィジェット)では、僕が「本当はこう鳴らしたい!」という音量・ダイナミクスそのままをお届けする音源になっています(ぜひFLACかALACでお楽しみ下さい)。iTunes版と両方買うことで、音量自動調整の音質の差を試すことも出来ちゃうスペシャルリリース(こじつけ)でございます! 

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